昨年7月、札幌市で国際測地学地球学連合(IUGG)の総会が開催された際、「地震連合会」の会長を過去10年間も務めた茂木清夫・東大名誉教授が、「直下でマグニチュード8という世界最大級の地震が起きると分かっているところに原発があるのは静岡県の浜岡だけ。浜岡原発は極めて危険な状態」と、5000人の学者の前で異例の発言をした。
続いて東海地震の第一人者である神戸大学都市安全研究センターの石橋克彦教授も、「東海地震の想定震源域の真上に位置しているのが浜岡原発。日本にとって致命的で地球規模の災害になる」と発言。両教授が浜岡原発の「原発震災」について警鐘を鳴らした。
原発震災とは、大規模地震が原発を直撃し、その結果引き起こされる放射能漏れなどの災害のこと。もし、マグニチュード(以下M)8級の東海地震が起きれば、浜岡原発の原発震災によって大規模な放射能災害が発生するかもしれないというのだ。
では、原発事故が引き起こされるような東海地震は本当に起きるのだろうか。
前出の茂木教授は「東海地震が起こらない可能性はない。確実におきる」と言い切る。「この地域は平均して120年ぐらいの間隔で繰り返し大地震が起きていることが分かっています。前回起きたのは1854年の安政東海地震。すでに120年以上経っている今は、エネルギーが放出されないで溜まり続けている状態で、いつ地震が起きてもおかしくないのです」
地震はプレートとプレートの衝突などで起きるといわれている。プレートとは地球本体の熱くて柔らかい岩石を薄皮のように囲んでいる、表面近くの大岩盤だ。日本列島はそのプレートが沈み込む境界に位置し、太平洋側のプレートとフィリピン海側のプレートの2枚がアジア大陸のプレートとぶつかり合っているため地殻変動が激しく地震が多い。
特に東海地方は、日本列島の下に沈み込み、絶えず陸地を圧迫するフィリピン海プレートが、その上に乗る陸地プレートの境界面を震源断層として地震が起こると考えられており、かなり内陸寄りで起きやすいといわれている。
地震の発生規模とその間隔は、その場所にたまるエネルギーの速さと、プレートのかみ合いの強さで決まる。東海地震はすでに予測間隔の120年が経っており、エネルギーが限界まで溜まっている。まさにエネルギーを放出する時を待っている状態。地震の危険性は、時間と共に確実に増しているのだ。
実は、近い将来M8クラスの巨大地震が東海地方で起きるという前提で政府も前々から研究を続け、東海地震の予知に力を入れてきた。しかし研究が進むにつれて、他の地震と同様に東海地震を十分に予測できないことが分かり、政府の中央防災会議は昨年5月に予知を前提としない防災対策を打ち出した。
これを受けて内閣府は「東海地震ハザードマップ(災害被害予測地図)」を打ち出し、03年中に想定地区内数ヶ所のモデル地区を選定し作業を始めることになった。
このマップがあれば自宅や職場などの震度分布が一目でわかるようになる。発生日などの予測はできないが地元住民に東海地震に対する危機感を抱いてもらい、自宅などの耐震補強を促すのが目的だ。つまり、国が動くほど、東海地震はもう間近に迫っているのだ。
東海地震について政府の中央防災会議は、「17万棟の建物が全壊し、約6700人の死者が出る」という被害想定を公表している。しかし、ここには原子炉が引き起こす「原発震災」の被害は含まれていない。
もし、浜岡で原発震災が起きた場合、「最悪の場合、日本の人口のおよそ5.1%が死亡する」という、恐ろしい被害が予測されている。これは京都大学原子炉実験所の故・瀬尾健氏の「原発事故災害予測プログラム」を使い、同研究所の小出裕章氏がシミュレーションした数値だ。仮に浜岡原発4機のうち3機が事故を起こし、事故発生から7日後に避難した場合、最大で22万人以上が急性障害で死亡、630万人以上が癌で死亡するという。
原発災害の危険性を97年から呼びかけている前出・石橋教授も、「原発が突然の激しい地震の揺れに襲われると、最悪の場合、核分裂連鎖反応の暴走や炉心の核燃料の溶融という重大事故が生じます。それらは水蒸気爆発や水素爆発、さらには核爆発にもつながり、死の灰を『閉じ込める』はずの多重構造が破壊されて、炉心の莫大な放射能が外部に放出されることになるのです」と、その被害状況は、想像を絶するほど悲惨なものになると警告する。
また、地震や津波被害で道路や電車などの交通網や通信・ライフラインが断絶され、避難することも負傷者を救助することも不可能になり、多数の命が見殺しにされることもありえると言うのだ。さらに、放射能汚染で住む所を失ってしまった「原発難民」が、首都圏に2千万人から3千万人出ると言う。
「東海地震で原発震災が起きると、地震発生から2〜3時間後に原発から放出された死の灰が周辺に降ってくるでしょう。また、風向きにもよりますが、もしも南西の風が吹いていた場合、その風は間違いなく大都市・東京に向かい、多くの死者や発癌患者が出ると予測されます」(石橋教授)
このような大事故は、地震が原因でないものの旧ソ連のチェルノブイリ原発で実際に起きている。もし、チェルノブイリ級の放射能放出があれば、周辺7都県だけでなく東北南部、近畿地方まで放射能に汚染されることになる。
浜岡原発を運転・管理する中部電力は、耐久性は十分確保されているので、前述のような原発震災は起きないと言う。
政府や各電力会社の説明では「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」により原発は耐震安全性が保障されているので、地震による事故は起こりえないとしている。つまりは、原発は「絶対安全」だと言うのだ。
しかし、その絶対安全の裏づけとなっている耐震設計審査指針そのものに問題があると、多くの地震学者は指摘している。
同指針は78年に制定された。指針では、浜岡など周辺に大きな地震断層がなければM7級の直下地震は起こらないという考えに立っており、最高でM6.5を想定すればいいことになっている。
82年に着工した浜岡原発3号機と、89年に着工した4号機はM8.5の地震の揺れも想定し、耐震設計を施したとされている。しかし問題は、その指針が制定される前に着工された1号機と2号機だ。その耐震性は、とてもM8クラスの地震に耐えられるものではない。
また、耐震設計指針は最新の地震学に基づいての強振動分析はされておらず、実際の地震からかけ離れている。それは、地震が起きたとき、震源地に近いから大きく揺れるとは限らず、単純に距離だけでは決められないからだ。地下何キロも下の地点で地震が起きた場合、現場の地質構造が繋がっているか、切れているかで揺れ方も違う。そして、振動波が伝わりやすい地質構造なのかどうかでも大きな違いが見られるのだ。
さらに大きな問題は、浜岡原発の耐震設計には、東海地震が直下地震であることがまったく考慮されていないことだ。
「(地震を引き起こしやすい)活断層が認められていない場所でも、阪神・淡路大震災(平成7年兵庫県南部地震)のようにM7級の直下型地震が起きることは実証されていますし、浜岡は直下型地震の可能性が高い。
東海地震が発生すれば、海洋側と陸地側のプレート境界面の破壊だけでは収まらずに、陸地側プレートの岩盤の中に、枝分かれ断層というものが派生してきて、そこにもズレが生じるのです。もしも、その真上が浜岡だったら、原発を直撃する直下型地震になります。最新の地震学では、それはほぼ確実に起こると考えられているのですが、電力会社が作成したモデルでは、直下型地震を無視して作られています」(石橋教授)
直下型地震とは、海で起きるプレート型地震に対して、陸地の下で起きる内陸地震だ。揺れる時間は短いものの、被害が局地的に発生しやすい。東海地震は内陸型の直下型地震と共に、沈み込んだ海洋プレート内部で発生する近海沖で起こる海洋型地震が同時に起こる可能性も高いのだ。
その場合、阪神・淡路大震災の比でないほど、複雑で強い揺れが起きることが予測できる。前出の小出氏によると、阪神・淡路大震災と同じM7.3の地震が放出したエネルギーを広島に投下された原爆に換算すると約90発分になり、それが地下で炸裂した威力と同じ衝撃になるという。
「マグニチュードというのは1増えるだけで、31.6倍のエネルギーの増加になるのです。東海地震のマグニチュードは8から8.5だと予測されています。これを広島型原爆に換算してみると、1000発から5600発分の威力に相当するのです。東海地震が起きると、それだけのエネルギーが東海地域の地下で炸裂するのです。まして、浜岡原発は直下で、その影響を受けると言われているのですから、どのような事態が起こるのか予測もつきません」(小出裕章氏)
原発の耐震設計は考えられる最強の地震に耐えるように設計されなければならない。もしも、1機でも過酷事故を起こせば、もれた放射能は首都を含む東日本を飲み込むことになる。また、東海地震は、南海、東南海地震との同時発生を危惧する予測も強まっており、政府(中央防災会議)は3つの地震が同時発生した場合の被害を想定。「想定マグニチュードは8.7」と発表したのだ。
これでは、浜岡原発のすべての原子炉が耐えられない。
大阪府立大学大学院工学専門研究科教授の長沢啓行氏は、耐震性の問題は、浜岡原発だけでなく日本の原発に共通する問題だという。
専門家が予測するような東海地震が浜岡原発を襲った場合の被害を、原子力資料情報室が想定。
建設中の5号機をのぞく4つの発電所が運転中に地震に襲われ、施設の安全システムが破壊され、さらに原子炉の冷却装置が働かなくなり、核燃料を閉じ込めている容器が壊れて大量の放射能が環境中に放出された場合を想定。
発電所から風下70km範囲内の全員が全身被曝によって死亡し、110km範囲内の人の半分が放射能や放射線によって死亡するという結果が出た。(上図は原子力資料情報室の資料を元に編集部で作成) |
「日本では、いつどこででも阪神・淡路大震災級の巨大地震が起きてもおかしくない状況です。しかし、いまの日本の原発では、耐震強度の最高数値は600ガルですが、ほとんどの原発は300ガルくらいしか耐震強度はありません」
ガルとは耐震設計に用いられる加速度の単位のことで、地震による建物の揺れを表し、もしも600ガルの揺れが襲った場合は誰も立っていられないくらいの揺れになる。
過去に起こった地震の規模を見てみると、阪神・淡路大震災が833ガル、昨年の7月の宮城地震が2035ガルを記録するなど、最強といわれている600ガルを軽く超えてしまっている。浜岡原発1号、2号機は、450ガルに耐えられるというだけの設計である。そして長沢教授は耐震性というものは、単純にガル数だけでその安全性が計れるものではないと強調する。たとえ、400ガルの揺れでも短周期の地震が立て続けに起こると、それだけで建物に影響を与えやすいという。
「構造上、原発は短周期地震波に弱く、直下で地震が起きると、最も強く原発に地震波が伝わり破壊を招くことになるのです」
また、長沢教授は、現状の原発の耐震設計が、国の審議会や法案などによってさらに緩和されていく傾向を懸念している。
原発の設計をする場合、設計用最強地震(起こりえる最強地震)の揺れを『S1』、さらに設計用限界地震(現実には起こりえないほどの強度の地震)の揺れを『S2』として、それらに基づいて耐震設計を行っている。『S2』は、地震が起きても原発機器が破壊されずに機能すること、『S1』は破壊されないことはもちろん、変形も認めないよう定められている。
しかし、02年11月に法案が成立した『維持基準』の導入によって、なんと機器がひび割れ状態でも運転が可能になり、この耐震設計の『S1』『S2』の基準すら無視しようとしているのだ。長沢氏は次のように言う。
「これは、ひび割れが起こるまでは、原発の耐震設計審査指針は尊守するが、いったんひび割れが起こった原発は、『維持基準』を導入して、ひび割れ運転を認めるというものです。現に浜岡原発の4号機は、炉心隔壁(シュラウド)にひびがあるにもかかわらず補修もせずに運転を認めることを、昨年7月15日に保安院が認め、経済産業省が許可しました。ひび割れの修理をしないで運転するとなると、耐震性基準などますます無意味になる。耐震設計は新品同様のものを基準にしているのです。ひび割れがある原発に、大地震が起こったらどうなるか、誰の眼にも明らかなはず」
維持基準の導入により、今後5年間は、日本中で「ひび割れ」を抱えた原発が運転されることになった。それも原発の核心部分である圧力容器に、ひび割れがあるものが全国で10機以上運転されているのだ。
この場合、圧力容器の部分は中性子により回りの鉄が劣化している状態になり、もしも、地震などで緊急炉心冷却装置が作動すると、240度の温度差によって、鉄がパリンと割れてしまう可能性がある。そうなると当然、大規模な放射能漏れが予測される。
浜岡原発は3号機もシュラウドの全周に324ヶ所のひび割れがあるまま昨年11月、運転を再開した。このような「欠陥」だらけの浜岡原発を、どのような根拠で国や中部電力は「絶対安全」というのだろうか。
「浜岡原子力発電所の安全上重要な施設は相良層という岩盤層に直接支持されています」
これは中部電力のホームページ上での地盤の強さを説明する文面だ。浜岡原発は、原発建設の原則どおり強度な岩盤の上に建っているため安全だと強調しているのだが、これも信じられない。浜岡町で生まれ育った伊藤真砂子さんは、「原発の建っている場所は、表層が砂や泥岩の互層帯なのです。とても強固とは考えられません。」と言う。
浜岡原発の地盤は400万年前に海底に堆積した軟岩。他の原発が設置されている地盤は、2億年〜1億年前ほどの岩盤であり、明らかに地盤の強度の違いがある。地盤のもろさについては、多くの地質学者が指摘。また、敷地内の至るところに断層があることも、昨年来日して浜岡原発を視察した米国人地質学者が発表している。
また、浜岡原発周辺を歩いてみて何よりも驚いたのが浜岡原発の敷地の狭さと立地だ。1号機、2号機、3号機、4号機が近距離で隣接して建ち並んでおり、そのすぐ横に5号機を建設している。もしも一つの原子炉だけに事故がおきても、これだけの近距離なら次々と連鎖的に事故が発生する可能性は高いはずだ。そして、原発のすぐそばには交通量の激しい国道150号線が通っており、原発の建物からわずか500メートルほどのところに民家が建ち並ぶ。
Aさんの家も、浜岡原発の敷地に隣接するように建っている。
「まさか、家の隣に原発ができるなんて考えてもみませんでした。日本の原発の中で、これほど民家が近距離にあるのは浜岡原発だけなのではないでしょうか。地震が近いと言われているので、この頃は夜も熟睡できません」と不安を訴える。
昨年10月、1800人の周辺住民らが原告となって、中部電力に浜岡原発の運転停止を求める裁判が開始された。不思議なことに、この裁判に積極的に参加したのは、浜岡町の住民よりも、静岡県や神奈川県、東京に住む人々だ。浜岡町で「原発問題を考える会」という市民団体の代表をしている伊藤実さんは、そんな浜岡町の内情を暴露する。
「町民は、本音では原発に不安を感じてはいるのですが、だからといって『原発はいらない』とまでは言い切れない。それは、原発施設建設による町民の雇用や、県外からの建設関係者が滞在することによる商店街への経済効果、中部電力の固定資産税などが町の税収を支えているから。そして、何よりも町民が怖れているのが、原発推進派の町長に逆らうこと。『原発に異議を言うならこの町を出ていけ』と町長は平気で言いますから」
伊藤さんらは、何度もこの言葉を浴びせられながら地元で孤独な戦いを強いられてきた。
現法では、原発の建設や誘致は、その町の町長の実質的権限に委ねられている。そのため、浜岡町の場合も、周辺の市町村が猛反対する中で、浜岡町長の権限で原発建設を強引に推し進めてきた。
その見返りか、浜岡町には、中部電力の寄付金や国の補助金などで建てた立派な公共施設が点在している。温水プールに、体育館、二億円もする鳥居、病院と、それらは、人々の命を危険にさらしてまで、この町が手に入れてきた「ごほうび」なのだ。
以上の椎名玲さんのレポートで
浮かび上がった疑問点について、
中部電力と原子力安全・保安院に
回答を求めました。
それぞれの回答は次頁に。
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