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石黒耀氏は「文藝春秋」2004年2月特別号の大特集【「次の十年」はこうなる:東京大震災の確立80%】の中で、浜岡原発についてこう語る。

――原発というものは、こんな大地震にさらされることを前提として造られてはいない。事実、浜岡原発一号炉と二号炉の耐震基準値は450ガルで、予想される想定東海地震の700ガルより遥かに低い。勿論、実際の建設に当たっては、ある程度の安全係数が掛けられているが、工事の手抜きまでは計算に入れていない。第一、高い安全思想があれば、こんな巨大地震の巣の上に原発を建てたりはしないものだ。浜岡原発の建設許可が下りたのは、すでに地震の危険を報告するレポートが出た後だから、確信犯的な地学軽視である。――

■石黒耀(いしぐろあきら)
2002年9月に小説「死都日本」(講談社)でデビュー。
大阪市在住。50歳。広島県生まれ。小・中・高校時代は兵庫県で過ごし、大学は宮崎県へ。本業は勤務医。二足のわらじをはく形で作家活動を続ける。

死都日本」では霧島で発生する一万年に一度の破局的噴火を克明にシミュレートし、その正確な描写が専門家をうならせた。次回作は、浜岡原発をモチーフにした「東海地震戦記(仮称)」という。原発震災に警鐘をならす小説として発表前から期待を集めている。それでは石黒氏のことばを続けよう。

――さて、東海地震で静岡県の浜岡原発が炉心メルトダウンを起こせば、どうなるか? 広島・長崎の原爆とは比較にならない大量の放射性物質が大気中に放出される。静岡から東京に真っ直ぐに風速5メートルの微風が吹いたと想定すると、時速換算では18キロだから、180キロ離れた東京に放射能雲が達するのに十時間しかかからない。

そして実際、浜岡付近は西風が卓越しているので、多くの場合、放射能は拡散しながら東京方向へ向かうことになる。今は、最悪のケースを検討しているので、5時間で東京に放射能雲が達すると想定すると、東海地震の地震被害の中を、5時間のうちに首都圏の住民3千万人が、我先に北を目指して脱出することになる。パニックなどという生やさしいものではない。人津波である。大地震の後だから、通信は途絶しているし、昼間なら家族はバラバラ、道路は渋滞。結局は車を路上に放置して逃げ出すことになる。老人や病人、倒壊家屋に生き埋めになった人々は打ち捨てられよう。3千万人といえばオーストラリアの人口を上回る。ミニ「日本沈没」が5時間で起こるようなもので、阿鼻叫喚の脱出行となるだろう。

しかも、東海地方にも救援物資が必要だから、3千万人が移動するに足るだけの食料や水・寝具を補給することなど到底出来ない。移動ルート上にある町や村は、イナゴの大群に襲われたような略奪に遭う。その状況は、上空からヘリや偵察衛星が撮影して世界に配信される。その後、この事件は、愚政が招いた人類史上最悪の災害として繰り返しニュース映像で流れるであろう。ヒンデンブルグ号の炎上や、ヒトラーの演説が、繰り返しテレビに流れるように。

日本は雨が多いので、舗装された場所の放射能レベルは比較的早く下がる。しかし、東京中心のビル街が許容濃度以下になっても、郊外の水源地や地下水、周辺ベッドタウンが汚染されていると、都市機能の回復は不可能だ。――